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Endless Overture~終わらない序曲
宮澤賢治は生前にいくつかの花壇の設計を手掛けていた。その1つに花巻病院の花壇(現在は3代目の花壇)がある。
移転前の2019年まで花巻病院の中庭にあった2代目の花壇は、縁取りに正方形のレンガをノコギリの刃のように立てて連ねていた(写真1)。これは花のない時期にも花壇を楽しむ工夫であった。雪が降るとギザギザレンガの白い幾何学模様が浮かび上がるのである。
「初代の花壇〜院長との確執」
さて院長・佐藤隆房氏から花壇設計の依頼を受けて、賢治は高揚した気分で正方形の中庭に立っていた。窓ガラスにどう映り込むか?幾何学模様と建物との繋がりは?日照の変化は?・・・考える要素は山ほどある。そこへ突如、院長が登場し作庭の指揮をとり始めたのだった。(以下 賢治の詩「花壇工作」から引用)
-——窓にはたくさんの顔がみな一様な表情を浮かべていた。愚かな愚かな表情を、院長さんとその園芸家とどっちが頭が動くだらうといった風の——-中略-—ああ だめだ 正方形のなかの退屈な円かと俺は思った———
賢治は不快感で感情が沸騰したが、このバトルを場外に持ち出すべく一旦は引く。そして自分の頭の中にあったアイデアを図面に描きだし、院長との直談判を試みた。なんとか出来上がったものの、初代花壇は平らのレンガを並べた庭園に終わったのであった(写真2)。
賢治は36歳でこの世を去るのだが、最期の入院中、花壇から黒いチューリップを切り花にし、病院のあちこちへ配っては楽しんだりしている。もちろん黒い花は病院では縁起が悪いわけで、しかし断るわけにもいかないし、困った賢治さんであった。
初代の花壇は賢治の死後20年ほどで、病院の増改築に伴い撤去されてしまう。このように最初の花壇(1924大正13年〜1954?年)は実にやるせない運命を辿ったのであった。 (次号「2代目の花壇」に続く。)
参考・写真引用 佐藤進 著 「賢治の花壇」地方公論社 平成5年 ※
※内容について総合花巻病院の許可を得ています。